それから志波は茶屋で働いた。
 専ら彼の希望と怪我の為、裏方がほとんどだった。
 
 「志波ぁ。この薪も割っといてくんない?」
 「あぁ…わかった。」
 「あーあともう少しで夕飯だからなー。」
 「……くくっ」
 「…何だよ…。何かおかしいか?」
 「いや、悪い…前と比べて話し方が全然違うから、つい、な。」
 「…!!…そうしろって言ったのはお前だろ?!」
 「そうだが…くくく…こうもなるとは…。」
 「…もうお前の夕飯抜き!!あげない!!」
 「!!…それは…頼む、勘弁してくれ…。」
 急に志波の顔が情けなくなる。
 「プッ、ハハハ!!嘘だって。じゃあ早く来いよー。」
 瑛は手を振りながら家の奥へ入って行った。
 
 「…あぁ…。」
 それに志波は応えて手を振り返したが、その顔はどこか寂しそうだった。
 
 
 その夜…
 「…嘘、だろ?明日発つって…。」
 「いや…充分ここに世話になった。これ以上長居は出来ない。」
 「大丈夫だよ!!じいちゃんだって、俺…、だって…。」
 「…いや、決めたことだ。悪い…。」
 「…わかったよ!!…どこへでも行け!!」
 瑛はバン!!と襖を開け走って行ってしまった。
 
 「ふぅ…。」
 「失礼します志波さん。」
 「あ…はい、どうぞ。」
 開け放たれた襖から主人が入って来て、静かに襖を閉める。
 「…何かありましたか?」
 「いえ…その、明日発とうと言って…。」
 「…そうでしたか。すみません。瑛がまた何か言ったのでしょう。」
 「いえ…そんな…。」
 「…瑛はあなたと一緒にここで働き始めてからよく楽しそうな顔をするようになりました。」
 「え…?」
 「実は…瑛の両親は亡くなっていて、身寄りである私が引き取ったんです。人が亡くなるということを経験しているせいであなたを見つけた時、怯 えてたのでしょう。また人が死んでしまったらどうしよう、と。」
 「…そう…でしたか。」
 「しかし早くにここに来てしまったので友人と呼べる友人がいなくて、瑛には寂しい思いをさせました。」
 「それで…。」
 「…はい。無理だとわかってても引き止めたんでしょう。志波さん。あの子は強い。しかし弱い。それだけは覚えていて下さい。」
 「わかりました…本当にお世話になりました。」
 
 
 翌日…
 「夕方ごろ出ようと思います。」
 「そんな遅くに…大丈夫ですか?」
 「灯を頂ければ…と思います。」
 「…わかりました。」
 
 その日、いつも通り志波は茶屋で働いた。
 ただ一つ、瑛と話をしていないことだけが違う所だった。
 そして日も暮れかかった頃…
 「そろそろ…行きます…。」
 「気を付けて下さいね。あぁ…瑛がいなくて申し訳ない。」
 「いえ、良いんです。…それでは…。」
 志波は一人、赤く染まる道を歩いていった。
 
 
 
 その頃、瑛は自室で膝を抱えていた。
 
 志波なんて…、知らない。
 
 どうせお前も俺から離れていくのだろう?
 
 (離れたくない)
 
 お前なんかあの場所で死んでしまえば良かったんだ。
 
 (死なないで)
 
 お前なんか大っ嫌いだ。
 お前なんか…お前…なんか…。
 
 …何泣いてんの俺。
 ハハッ、久しぶりだ…。
 …どうしてこんなにつらいのかな…。
 俺…どうすれば…?
 
 俺は…俺は…
 お前が…志波が…好き、だ。
 一緒にいたい。
 笑い合いたい。
 その為に…俺は…
 
 
 
 裏口から出て行く。
 祖父に気付かれないように。
 空はもう日が暮れなずんで暗くなってきた。
 急いで志波を追いかけた。
 
 「…確かこっち側を…。」
 「そこのにぃちゃん。」
 「…?!…何、ですか?」
 男が二、三人、こちらを向いている。
 「ここら辺で青い髪の色した侍、知らないか?」
 志波?!
 思わず口について出そうだった。
 「…知りませんけど?」
 「…嘘はいけないぜ?」
 !!…こいつら…知ってる…?
 「嘘なんかじゃないです。本当に知りません。先急ぐんで…。」
 …志波に知らせないと…!!
 くるりと男たちと反対側を向くと同時に景色が一転した。
 
 あ、れ ?
 ドサッと瑛は倒れた。
 「…こいつ人質にするぞ。担いで連れてけ。あとまだ近くにいるだろうから志波を探して伝えとけ。この人質殺されたくなかったら来いってな。」
 
 
 「んん…。」
 「よぅ…起きたか?」
 目を覚ました時にはもう夜だった。
 男たちの持って来ただろう灯と月だけが明るさを保っていた。
 「…っ?!」
 どうしてか体を動かしたくても動かない。
 段々と意識が覚醒してきて、両手を木を使って後ろ手に縄で縛られているとわかった。
 「お前…ほどけ、よっ…!!」
 座らされている為、瑛が男を見上げ、言った。
 「憎まれ口はやめといた方が良いぜ?」
 男はスッと刀を抜き、瑛の喉元に近付ける。
 「……っ!!」
 「お前は志波をおびき出す為の大事な人質だからよ。」
 
 おびき出す?
 人質?
 
 「…何の事、だよ…?」
 「何だ?志波から何も聞いていねぇのか。…あいつは追われる身なんだよ。」
 「追われる身…?…っ?!まさか志波の傷もお前らが…。」
 「その通り。あいつは俺をお偉方の前で殴ってよ、しかも俺の親父はお偉方だから不謹慎だってことで志波に腹切れってことになって…ハハッ。 まぁままと騙されやがって。」
 「?!…お前…わざと…?!」
 「ハッ!!ったり前だろ?何かと突っ掛かってくるから志波の仲間をちょっと痛め付けたら…見事なもんだ。あの時は笑えたぜぇ。お前何しやがっ た〜っな。」
 「…お前…、最低だ、なっ。」
 「…最低なのはあいつの方なんだぜ?志波は仲間を置いて逃げたんだよ。今ごろあいつの仲間はどうなってんだか。」
 「!! そんな…、そんなこと…志波はしないっ!!」
 じわりと目に涙がたまる。
 「おーおーひどく信頼してるもんだぜ。まぁお前も今日にでも裏切られるかもな。」
 「…やっぱりお前の方が最低だっ…!!お前みたいなやつ、殴られて当然だっ!!」
 「……てめぇ…人質って立場忘れてんじゃねぇよな?」
 そう言って男は瑛の前髪を掴んで顔を上に向かせた。
 「…くっ…!!」
 「…お前も痛め付けないとわからねぇか?…ん?あぁ…お前が悲鳴あげりゃ人質がいる理由以上に志波も飛んで来るかもな。」
 男がカチャリと刀を持ち直すと、瑛の体が強張った。
 髪の毛を掴まれているせいで顔すらも背けられない。
 
 月の光りに照らされて光る刀がひどく恐ろしい。
 体もひどく震えている。
 喉の奥から今にも悲鳴が出てきそうだ。
 
 でも
 今悲鳴なんてあげたら志波が、あいつが来てしまうかもしれない…。
 …こんなやつに見つかって欲しくない…!!
 
 少しでも耐えれるようにとギュッと目をつぶる。
 じゃりっと足が地面を擦る音でさえ体がびくりとする。
 
 怖い
 怖い
 このまま不安で押しつぶされて、死んでしまうような気さえする
 思いだけでも届いて欲しい…
 …志波…っ
 
 
 「…その手と、刀…、どけろ。」
 
 
 え…?
 この声…
 まさか…
 そっと目を開け、声のした方を見る…
 
 「し…、ば…?」
 
 
 そこにはひどく会いたくて…、会いたくない人物がいた
 
 







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