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「…よぉ、志波。なかなか遅かったじゃねぇか。」
男が瑛の髪の毛を放し、志波の方を向く。
「お前…さっさとそいつから離れろ。」
いつも以上に低い声で志波は言い、持っていた刀を持ち直す。
「あぁ?よくそんな無様な格好で偉そうな事が言えるな。あの2人に手痛くやられたみたいだが。」
「!!」
志波の体をよくよく見ると、以前の傷口の辺りや肩から血が出ている。
男の仲間と戦い、ここまで走ってきたのだろう。
肩もつらそうに息をする度、上下を繰り返している。
「そんなことはどうでもいい…さっさとそいつ、放せ。」
「そんなにこいつが大事か?」
「そいつは何も、関係ない…。」
"何も関係ない"という言葉に胸が痛んだ。
「…ほぅ…関係ねぇのか。ならこんなことしてもお前とは関係ないんだよなぁ?」
男が刀で瑛を殴る。
ガッというような音がして刀が瑛の頭に当たる。
「つ…っ!!」
「?! 瑛!!」
「…ほぅ?こいつ瑛っていうのか。」
「…くっ」
「これ以上近付いてみろ。こいつがどうなるかわからねぇぜ?あぁ、その刀も鞘に納めろ。」
「…くっ…!!」
志波はやむなく刀を鞘に収める。
それを見て瑛が叫んだ。
「!!
志波!!俺はどうなったって良いから、こいつどうにかしちまえよ…っ!!」
「ちっ…!!お前は黙ってろ!!」
また男が刀で殴る。
「ぅ…!!」
殴られたところに血が滲む。
「やめろ…っ!!……言うことを、聞く…。」
「そうそう。最初からそうしてりゃ良いんだよ。」
「…そんなっ…志波!!」
「瑛も言うこと、聞いてくれ…。町に、戻る…。その代わり、瑛は…開放してくれ。」
「そいつは無理だ。人質だからな。一緒に町まで連れてく。」
「なっ…?!」
「まぁこいつも何かしら役に立つだろ。よく見りゃ可愛い顔してるじゃねぇか。」
男が瑛の方を向いて、品定めするように見た。
「!! ゃ…!!」
瑛は肩をびくりとさせ、いやいやと首を振りながら体を小さくした。
「…!!てめぇ…っ!!」
志波が拳を振り上げようとする。
「おっと?今すぐこいつが殺されても良いんだな?」
志波の方を向きながら、男は刀を瑛の首筋に向ける。
「…ぅ、あ…。」
「…っ!!…わかった。瑛も…連れて、行く…。」
振り上げようとした拳がだらりと下がる。
「たくっ、手間取らせやがって。じゃあ縄ほどくから、志波は向こう行ってろ。人質連れて逃げられたら敵わないからな。」
「…ちっ…!!」
男がそう言うと志波はゆっくり、こちらからは暗くて見えなくなる程に離れていった。
(今なら…、逃げれるかもしれない…っ)
瑛はその時そう思っていた。
今なら志波にも危害は与えられない。
縄がほどけたら走って逃げるんだ!!
ゆっくりと手を縛られたまま、立ち上がる。
男も観念したのだろうと思って、何も言わなかった。
縄がほどかれる。
手への抵抗がなくなった瞬間に瑛は志波のいるだろう場所走り出した。
「?!」
男は驚いていた。
(あと…少しっ…!!)
その時、男が叫んだ。
「志波ぁ!!そいつ捕まえないと、仲間の命がどうなっても知らねぇぞっ!!」
「…っ?!」
志波が目を見開いて、こちらを見ている。
「良いのか?仲間が殺されても。今日お前が来なかったら、あいつらは死ぬんだぜ?」
「あいつら…が…殺される?」
志波は信じられないと言うような顔をしている。
「…志、波…?」
志波から少し離れた場所で瑛が震える声で名前を呼ぶ。
「瑛…。」
ゆっくりと志波が近付き、瑛の肩を掴む。
「…俺はっ…」
志波の表情が歪む。
「っ…行ったらお前が殺されるんだぞっ?!」
「俺なんかは殺されても構わない…。でも…俺は、お前もあいつらにも死んで欲しくないんだ…。」
「そんなの…っ?!」
俺も同じだ!!と言おうとしたら、後ろから襟首を掴まれ、後ろに引っ張られた。
「誰が喋れなんて言ったよ?てめぇも逃げてんじゃねぇ。」
男が腕を後ろにひねってもう一度縛る。
「痛ぅ…っ!!…しばぁ…。」
瑛が呼んでみても、志波は目をつぶり、顔を背けたままだった。
「ほらさっさと行くぞ。志波、お前は灯を持って前歩け。」
「…。」
志波は何も言わず先を歩いて行った。
瑛たちは山道を下りていた。
縛られた縄からはもう一本縄が、男の手へと続いている。
その為、男から離れたくても、離れられなかった。
前を歩く志波を見る。
今のところ一度も振り向いてはくれない。
涙が溢れ出しそうで、瞬きをする。
今日泣いてばっかだな…なんて思っていた。
先程いた所から結構歩いた。
いきなり志波が立ち止まり、刀に手をかける。
「ん?何だ?」
それに続き、瑛たちも立ち止まる。
ふと瑛と男の背後に人が現れ、何かで瑛と男の縄を切る。
「?! 誰だ?!」
前からも2人程侍が出てきた。
「お前ら…?!どうして、ここに…。」
志波が驚き、言う。
「全く…お前逃がした意味がないじゃないか。」
侍の一人が言う。
瑛たちの後ろにいた男がスッと瑛を掴んで男から離す。
「あの…あなた…たちは?」
瑛が恐る恐る聞く。
「…ちゃんと紹介しとこうぜー志波ぁ。付き合い長いんだからよー。」
「てってめぇら志波の仲間じゃねぇかっ!!何でここに…捕まってるはずじゃ…っ」
「志波に味方するやつは多いんだよっ。ほら志波、さっさとその子連れて逃げな!!」
「でもお前ら…っ」
「多勢に無勢だろ?大丈夫だって。」
「そうじゃないっ!!」
「…まぁ後のことは今は良いから。早くしろっ!!」
「っ……わかった。瑛、行くぞっ!!」
「う、うんっ…って、わっ!!」
まだ手首を縛られたままの瑛を志波は灯を持たない手で抱えて走って行った。後ろからは刀の交わる金属音が聞こえた。
…はぁっ、はぁ
「ちょっ…志波!!止まれ!!」
「…何だ?」
答えながらまだなお走り続けている。
「良いから!!早く!!」
しぶしぶ志波は走るのをやめ、瑛を下ろした。
灯が周囲を照らしている。
志波は近くにあった木にもたれかかって座り、瑛もその近くで立ち膝になって、言った。
「お前…仮にも怪我してるんだぞっ!!血だっていっぱい出てるし…。」
「軽く、止血してあるから大丈夫だ…それより手、貸せ。縄、ほどいてやる…。」
志波が手首の縄をほどいてやると、瑛は座り直した。
自由になった手首を動かしてみる。
「…悪かったな…こんなことに、巻き込んで…。」
「別に…大丈夫だよ。」
「……。」
「……。」
二人の間に沈黙が流れる。
先に口を開いたのは志波だった。
「お前…どうしてあいつに捕まったんだ?」
「え…?」
「店まではあいつら来ないだろ…。いくらなんでも。山の中も一人じゃ危ない…。」
「…えと…その…あの、さ…。」
瑛はしどろもどろに答える。
その時
志波が近寄ってきたかと思うと、瑛は押し倒されていた。
「へっ…?! なっななな…!!」
「…喋るな…。何かいる…。」
顔を寄せて、すぐ耳元で囁くように言われた。
それが何だか耐えれなくて、志波の服を掴んで、口を閉ざす。
近くの茂みからガサリと音がした。
茂みからは兎が一匹出てきただけだった。
「…兎か…。」
志波は顔を上げ、起き上がろうとするが、起き上がれない。
何だ?と思い真下の見ると、志波の服を掴み、顔を真っ赤にして泣いている瑛がいた。
「…っひっく…っ…。」
「……瑛…?」
「…志、波ぁ…ひくっ。あ、のな…俺、俺な…っく…お前のこ、と……っす、きで…それっ、で、お前、追いかけよ、としてたら、あいつらがっい
たん、だ…。」
気持ちの波が押し寄せてくる。
志波は何も言わずに泣きじゃくりながら喋る瑛を見下ろしていた。
「そ、れで捕まって…は、は…ご、めん…。何、言ってんだろな…、俺。」
瑛は服から手を離し、目をごしごしと擦りながら立ち上がろうとした。
しかし立ち上がろうとついていた片方の腕を、志波が掴み上げたせいで、また地面に舞い戻った。
それと同時に志波の顔がまた近付く。
「え…?!…ん、んぅ…。」
志波が瑛に口付け、そっと離れる。
「…志、波…。お前…い、ま…。」
「…今まで、隠し切れてたみたいだな…。」
「お、前…隠し切れてた…って…。」
「…好きだ…、俺も。」
「……本当、かよ…?」
「…信じられないか…?」
「っだって…そんな素振り見せてないし…。」
「見せて、お前の反応見たら…止まらなくなりそうだからな。」
志波の指が瑛の顎に伸びる。
「今なら…止めなくても良いか…?」
「ばっ、ばか…!!どこだと思ってるんだよ…。」
「…ちっ。仕方ないか…。」
名残惜しそうに離れ、手を差し出して瑛を引き起こす。
「さて…戻るか。お前の家へ。」
「…あぁ。」
「…!!瑛!!」
「じいちゃん!!」
家に着くと祖父はまだ起きていて、出迎えてくれた。
「どこに行っていたんだ!!…額に怪我してるじゃないか。志波さんも血が…!!」
「あっいや…これは…。」
「それについては俺が…。」
「そうでしたか…。」
「はい…申し訳ありません…。自分がいながら…。」
「いえ…こうして生きて帰ってきたんですから…。もう遅いし、怪我もしてる。今日は泊まって行って下さい。」
「ありがとうございます。しかし…今からしなければならないことがありますので…。怪我も…大丈夫ですから…。」
「?! 志波…もしかしてあの人達の…ところに?」
「…あぁ。」
「そう…か。気を付けてな…。」
「じゃぁ…行ってくる…。あぁ灯をもう一つ、下ろしていってもよろしいですか?」
「構いませんよ。瑛、納屋から出してきなさい。」
「うん…わかった…。」
家を出て志波と瑛は納屋へ向かう。
「……。」
納屋に入り、無言で灯を探す瑛。
それを察し、志波は言った。
「悪い…あいつらが心配なんだ…。わかってくれ…。」
すると瑛が志波の方を向き、ちょいちょいと指で呼ぶ。
「? 何だ?」高い身長を曲げ、顔を近付けると、
ちゅ、と瑛が志波の頬に口付けた。
薄暗くてもわかるくらい瑛の俯いた顔は赤かった。
「そんなこと…わかってるよ…。俺だって、心配だ。…ちゃんと…ちゃんと帰ってこいよな。」
志波はにやけるのを止めようと、口元に手を当てる。
「…当たり、前だ。」
瑛の髪をくしゃりと撫で、灯を受け取ると、手を振りながら山を下りていった。
家へ戻った瑛は志波を待ちたくて、玄関近くで起きていようとした。
しかし、疲労が大きく、いつの間にか寝てしまったらしい。
「…ぅ、ん…し…、ばぁ…。」
寝返りをうちながら寝言を言った。
髪の毛を撫でられる感触がする。
それが気持ち良くてまた深く寝入る。
「…ただいま。」
そう言うと志波は瑛の隣に寝転がり、深い眠りに落ちていった…。
end
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