「はぁ、はぁ…っ?!」
 灯が見える。
 こんな山の中に。
 嗚呼誰かが駆け寄って来る。
 こんな俺のところへ。
 
 でも
 
 目が霞む。
 力が入らない。
 「…く、そ…っ!!」
 地面が眼前に近付く。
 
 と同時に意識が飛んだ。
 





 

 blood on the floor.

1




 
 「おいっ…おーいっ…!!」
 「これ、瑛!!無理に起こしちゃいかん。」
 「だってじいちゃん…もう丸三日も寝てるんだぜ。そろそろ起きてもおかしくないよ」
 「傷が深かったから仕方ないだろう。それよりも店の準備をしてきなさい」
 「…はーい。」
 しぶしぶ瑛こと佐伯瑛は店の方へ向かった。
 
 瑛の店は瑛の祖父の経営する茶屋だ。
 そこで瑛は売り子をしている。
 この茶屋は山の中にあるものの、外からは海が一望出来るし、味の評判も高い。
 言わば知る人ぞ知る名店だった。
 
 
 日が赤くなり始めた頃、瑛はまた三日前に見つけた…傷だらけの侍の寝る部屋へ向かった。
 身なりからは侍だと思った。
 刀も持っていた。
 見つけた時はこの侍に付いた血が侍のものかどうか分からず怖かったが、今は三日も飲まず食わずで心配だった。
 
 「まだ寝てる…」
 襖を開け、未だに起きないこの侍にそっと近付く。
 布団の隣に座り、まじまじと見てみる。
 青い髪の下には整った顔、そしてやや焼けたような肌の色。それにがっしりとした体格。
 剣の腕は相当なのではと思った。
 剣については詳しくは知らないけれど。
 
 「……」
 「…!!」
 まじまじと見てたせいで起きたのか定かではないが、顔を見ると目が虚ろに開き、天井を見つめていた。
 
 「あ…起きた…」
 思わず声をついて出てしまった。
 顔がこちらを向く。
 
 「えと…大丈夫ですか…?」
 「……」
 ぼぅっとこちらを見ている。
 何も喋らない。
 沈黙が流れる。
 (喋れない、のかなぁ…)
 耐えきれなくなって口を開いた。
 「あの…そっ祖父を呼んできますねっ…!!」
 
 軽く見つめ合っていたのにも開放されたくて、見ないように立ち上がり素早く部屋を出た。
 
 ピシャっと音がして襖が閉まる。
 何だか心臓がばくばくいってる。
 「(…っ?!…何ドキドキしてんだよっ!!相手男なのに!!)」
 頭で否定しながら祖父を呼びに行った。



 「じ、じいちゃん。あの人起きたよ。」
 そう、店にいる祖父に話しかけた。
 「おや、そうかい。良かった良かった。何か言ってたかい?」
 「いや…それがさ、話しかけても返ってこなくて…それでじいちゃん呼びに来たんだ。」
 「そうか…まぁ三日も寝ていたからね。仕方ない。店番頼んだよ。」
 「うん。わかったよ。」
 
 「失礼します。大丈夫ですか?」
 襖を開けながら言う。
 侍は上半身を起こしていたが、祖父が来て布団から出て正座した。
 「あの…ここはどちらでしょうか。俺は…死んだものと…。」
 「この店の近くで見つけたんですよ。幸い傷は致命傷ではなかったようですね。」
 「そうでしたか…感謝します。」
 「あぁ感謝なら瑛に言ってあげて下さい。」
 「瑛…とは?」
 「先程こちらに来た私の孫です。あなたを見つけた時は少々怯えてましたが…。」
 「あぁ、あの銀髪の少年が…。そうですか…それは申し訳ありません。…あぁ自己紹介をしてませんでした…俺の名前は勝己です。志波、勝己。」
 
 「瑛、後であの方に夕食をお持ちしなさい。」
 「あーうん。わかった。店たたんだら持ってくよ。」
 
 膳を持って部屋へ向かう。
 部屋の前で襖を開けるために膳を置こうとした時…
 
 すーっ
 
 「!!」
 襖が自動で…否…侍が開けてくれたらしい。
 (…背たけぇ…)
 瑛もそんなに低くはないのに、見上げるほどだ。
 「…?入らないのか?」
 突っ立ったままだったので、唆されるように聞かれた。
 声は低く、掠れていて背中がぞわぞわした。
 「え?あっありがとう…ございます…。」
 何だかどうも緊張してしまう。
 
 知らない人だから?
 まさか。
 いつも知らない客と親しげに話せてる。
 刀を持つ侍だから?
 まさか。
 そんなやわな俺じゃない。
 
 …何故だろう…。
 そう思いながら座って膳を置く。
 「じゃぁごゆっくり…。」
 そう言って立ち上がろうとすると腕を掴まれた。
 「?!…な、何ですか?」
 「…礼を、言いたくて」
 そう言いながら手を放した。
 「れ、礼?」
 「あぁ、俺を見つけてくれたそうで…」
 「え?あぁいや…まぁ…。」
 「…ありがとう。」
 「…っ!!」
 
 何でか心拍数が上がった、気がした。
 ただ…ただ!!
 
 笑顔で礼を言われただけなのに!!
 
 顔が熱い…。
 何か俺おかしいな…。
 
 そのせいでこれ以上居れなくて。
 「じゃっ、じゃぁまた引き下げに来ますからっ!!お侍さんはごゆっくり!!」
 今度こそ立ち上がって、襖を開けると
 「志波勝己。」
 「…え?」
 「俺の名前だ。お侍じゃない。」
 くくっと笑われた。
 それが何だか悔しくて恥ずかしくて、顔を赤らめてバタンと襖を閉めて走って行った。
 
 
 膳を引き下げる頃…
 瑛は憂鬱だった。
 何故か行きたくない…。
 緊張するから。
 でも行かなきゃならなくて。
 「失礼します…。」
 ろくに確認もせず入って行く。
 それがまずかった。
 
 「……!!」
 
 志波が上半身裸でいたのだ。
 それは正に着替え中そのもので。
 
 「あっあのその…すいませっ…!!」
 顔を背け出て行こうとすると、
 
 「待て」
 
 ぞくりとする低い声。
 
 恐る恐る振り返ると、まだ着替え中の、志波がいて、こちらを向いている。
 その体にはつい最近の傷がまだついていた。
 傷は良くなっていたが、包帯からややまだ血が滲んでる。
 
 「…っ」
 
 痛そうだ、と思った。
 ふと疑問がよぎる。
 こんな深い傷を受け、あんな所で何をしていたのか。
 しかも日が暮れた灯もままならい所で。
 
 「…る、…瑛?」
 「…へ?…わわっ!!」
 
 名前を呼ばれ、我に帰ると、既に着替え終わった志波が目の前にいて、その高い背を低くして覗いていた。
 驚いてに後ろへ下がる。
 
 「…さっきから名前を呼んでも反応しなくてな、どうしたのかと思った。」
 
 あなたのことを見てふと考えこんでました
 
 …言えない…。
 
 「あ、あの呼び、止められて、何かな〜と思っただけ、ですっ」と絶え絶えに言った。
 「…あぁ…そうだった…。あのな…俺をここで働かせてくれないか?金はいらない。」
 「こ、ここで?」
 「あぁ。三日間も世話になったんだ。その礼も兼ねて、な。」
 「そんな…大丈夫ですよ。じいちゃ…祖父だってそう言います。」
 「…俺の都合でな、仕方ないんだ。頼む。」
 志波は頭を下げた。
 「!!
 頭、上げて下さい。…わかりました。祖父にそう言ってみます。」
 「…助かる。」
 頭を上げてそう言った。
 「…ところで、志波…さんの都合って何ですか?」
 「…言えない…。それより、俺は志波で良い。」
 「…はぐらかそうとしましたね?…いくらなんでも呼べませんよ。お侍さんなんですから。」
 「何度も侍なんて呼ばないでくれ……俺は、俺には…侍なんて身分を持ってる権利は…ないんだ。」
 「え…?」
 急に声の調子が下がる。
 (…何だか苦しそうだ…。)
 「…とにかく、その呼び方と、あと…敬語も直せ。…仕事は明日からで良いか?」
 「は、はい…。」
 「…ほら。」
 「あ…う、うん。」
 「よし…よく出来た。」
 志波は目を細めて笑った。










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