珊瑚礁の閉店作業も終わり佐伯が店のフロアーに戻ると、海野は自分の荷物をまとめているところだった。
「お前、まだいたのか??」
「うん。ここに来る前に買った毛糸が思ったよりもか さばっちゃって、上手く入らないの。」
カウンターの上には微妙に色の違う青色の毛糸玉が転 がっている。
「しかし、すごい量の毛糸だな。手芸部で使うの か?」
佐伯は毛糸を一玉手に取った。
「違うよ。バレンタイン用のプレゼントを作るの。」
にっこりと笑う少女の顔を見て、佐伯は表情を硬くし た。
わざわざ手作りの贈り物をするのだから、本命にあげ る物なのだということは想像に難くない。
そして、彼女は自分の愛しい人-―――志波勝己と親しい間柄にある。つまりは、海野 が志波に告白することもありえる。
いや、志波しかいない。あんなにも、魅力的な男を目 の前にして恋せぬ者などいるわけがない。
それは佐伯が海野を疑うには十分の要素だった。
佐伯自身も恋人のためにと得意なお菓子作りに余念が 無いとはいえ、手編みのプレゼントとなると少しばかり劣勢である。
もし、志波が心変わりなどしてしまったなら ば・・・。
最悪の事態が頭を過ぎっていく。
息苦しい。 胸が締め付けられる思いがする。佐伯は拳を握りしめ
た。
そうか、と弱々しく答える佐伯を見やって海野は気づ かれぬ様に笑みをこぼした。
「そう、バレンタインのね。付き合ってから初めての バレンタインだから、頑張らなきゃ。」
「へえ、付き合ってから初めての・・・付き合って? はっ?お前、彼氏いたのか?」
「失礼な言い方だなあ。いますよーだ。ほら、毛糸返 して。」
佐伯が握りつぶしていたそれは、かかっていた力の強 さのためにパッケージがひどく歪んでしまっていた。
「私料理は苦手だから、得意分野で勝負するの。恋人 同士っていっても、有利だなんて限らないんだよ。
いつ誰が横は入りしてくるかなんて分からないしね。 だから、人とは違った愛情をプラスするの。」
佐伯は浮上した気持ちが再び沈んでいくのを感じた。
海野の想い人が違ったところで、彼がモテていること に変わりはない。
そして、自分が何かしらの行動を起こさなければなら ないということも・・・。
「だから瑛りんも志波君にバレンタインキッスでもし て、ライバルたちに差をつけちゃえッ!!」
にやりと笑って、海野は足早に去って行った。
「は?お前知って!! キッスってなんだ!!!?? おい!!逃げるな!!」
珊瑚礁には顔をこれでもかというほどに赤くさせた佐
伯が残された。
それから二週間、佐伯はどうすればいい のか必死になって考えた。
しかし簡単に思いつく筈もなく、あっという間にその 日はやって来てしまった。
放課後の中庭は人目を忍ぶ二人の逢瀬にはちょうど いい。二人はいつもの場所に腰を下ろした。
「はい。俺からバレンタインのチョコレート。結構自 信作。」
「ああ、サンキュウ。開けても言いか?」
綺麗にラッピングされた箱の中には、チョコレート ケーキが入っていた。
「へえ、美味そうだな。」
志波は目を細めた。クリームを指ですくい、ゆっくり
と舐める。あまりにも艶気のある姿に鼓動が跳ねた。
海野の言葉がリフレインする。他に手段はない。佐伯 は意を決した。
「あ、あとこれも・・・プレゼント・・・。」
佐伯は顔を寄せた。そしてほんの一瞬、それはそっと
重なった。
真っ赤になった顔を見られたくなくて佐伯は俯いた。
志波は初めて佐伯から与えられた口付けに目を見開い たが、すぐに笑みをこぼした。
「・・・瑛。違うだろ。」
そう言うと、志波は佐伯が言葉を発する前に己の唇
で、佐伯のそれを塞いだ。
唇に舌を這わせ、湿らせる。
そして、薄く開けられた隙間から舌を差し込み熱く絡 ませる。
次第に深くなる口付け。
「ん・・・。」
時折漏れる甘い吐息。響き渡る濡れた音。
どれだけ時間が経ったのだろうか。ようやく唇を離し たとき、惜しむかのように銀色の糸が二人を繋いでいた。
「大丈夫か?瑛・・・。」
「か・・つみ・・・。」
肩で息をしながら潤んだ瞳で見上げてくる佐伯に、志 波は愛おしさを募らせた。
「お前の方が甘いな。」
そう囁いて、そして再び唇は重なった。
――――やわらかく暖かな風が辺りに吹き渡ってい
た。
〜End〜
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<海野 SIDE>
その日、赤城一雪は羽ヶ崎学園の校門の前にいた。
理由は愛しい恋人に会うためというとても簡単なこと
だった。
「赤城くん!お待たせ!わざわざ羽学まで来てもらっ ちゃってごめんね。」
海野が小走りに近寄って来た。手には大きな紙袋を 持っている。
「いや、大丈夫だよ。最近お互いに忙しくて実際には 会えなかったし、君の顔が見れて嬉しいよ。」
はばたき学園の生徒がいるというだけでなく、とりわ け容姿の整った二人の姿は周囲からの注目を浴びていた。
しかし、
「私も嬉しい。春コミの準備でお互い忙しかったし ね。」
「一緒にやれば良かったのかもしれないけど、楽しみ も半減してしまうからね。」
その二人がこのような会話を交わしていたことを、そ の場にいた誰一人として聞いていなかったのは幸いであったといえよう。
「はい。ハッピーバレンタイン。」
海野が紙袋を差し出した。
「ありがとう。開けてもいい?」
「どーぞ。」
紙袋の中にはラッピングされた大きな袋とA4サイズの封筒が入っていた。
赤城がちらりと海野を見やると、早く開けろときらき
らとした目で催促された。
大きな袋の中身は彼の好きな青色の毛糸で編まれたマ フラーであった。
―――そして封筒の中には一冊のコピー本が入ってい た。
「得意な分野で勝負してみました。で、人とは違った 愛情をプラスしてみました。レアだよ、だって実録漫画だもん。」
海野はにっこり笑った。
「ありがとう。僕には最高のプレゼントだ。」
そこには二人だけの空間が生まれていた。
周囲に二人の声が届いていないことが本当に幸いで
あった。
志波も佐伯も知らない。
このあと二人が海野のとっておきの場所に移動し、声 こそ聞こえはしないが志波と佐伯のやり取りを一部始終見ていたことを・・・。
そしてすべては海野の意のままに事が進んでいたこと を・・・。
〜End〜